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年末のごあいさつ

今年もあとわずかとなりました。

いろいろな意味で淋しい年末になったけど、

前を向いて新年を迎えます。


一年間、さんじの花束に来ていただいて、ありがとうございました。

来年もたくさんつぶやきます。

書くことで、自分の気持ちを整理して、

前に進む力にします。


来年もみなさまにとって良い年になりますように。



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しみるやん

勤めて1年目の時に担当させてもらった利用者のKさん。

事務所に私がいるのをみかけて、話しかけてくれました。


年齢を聞くと「昭和10年生まれ」とのこと。

ん??81歳????

びっくり~~~~!!


Kさん:sanjiさんは年なんぼ??

私:〇〇歳

Kさん:もうちょっとおれるな。

Kさん:お母さんは元気か?

私:この前死んだんや。

Kさん:なんで?入院しとったん?死んだら終わりやな。生きとううちやな!

Kさん:sanjiさん、頑張っておりよ!無理せんと。


おそれいりました<(_ _)>




安心して下さい

ブログをお休みしていたのでご心配かけました。

私は大丈夫です!


【12月28日】

午前中、母の会社のことで司法書士さんが必要書類を取りに来られました。

今後のことを決めていく第一歩です。


午後、郵便局に自分の用事で行ったら、保険商品を勧められて、

時間があったので説明を聞き、プランを立ててもらいました。

急に将来のことが心配になったりしています。


夕方、大学時代の友人たちが3人来てくれました。

毎年、年末忘年会旅行をしている友人たちです。

初八日法要?は焼肉でした。


【12月29日】

朝はゆっくりして

初九日法要はかんぽの宿で日帰り温泉と牡蠣御膳。

海が見える露天風呂に入って、気持ち良かったです。



夜はおうちご飯ですき焼きでした。

昨日からおなかいっぱいです。



【12月30日】

おとといからリビングのエアコン(暖房)がつかなくて、

午前中、販売店の修理センターの人がチェックに来られました。

年末でメーカーとも連絡がつかないとのことで、

原因の確定と修理は年明けを待つことになりました。


友人たちがお花のアレンジをし直してくれたり、

カーテンの洗濯をしたり、

お茶を飲んだり、お菓子や肉まん食べたり、

相模原事件を特集してた番組の録画を観たり、

年末の特番観たりと夕方までまったりと。



最後の初十日法要はジャンボお好み焼き。

「(喪中の真っ只中だけど)年末忘年会はしてほしかったんだよね」

と口にしたとたん、泣けてきた。。。

いい歳をして、この先の不安は半端なくて、

決めたり整理したりしなきゃいけないことはたくさんあって、

心細さと

淋しさと

うれしさと

悲しさと

いろんな感情がいっしょこだになって

泣けてきた。。。



私が泣いてしまったものだから、

東に帰る友人夫婦は乗る予定だった電車に乗り損ねてしまった。

ごめんね。ありがとう。


西に帰る友人は「まだ時間は大丈夫」とスイーツへ。

一度に別れるのは淋しいから、

とてもありがたかった。

こどもみたいだね。



友人を駅に送ってから、ガソリンスタンドで給油と洗車。

そんなこんなで今年も残すところあと1日。


明日は出勤。がんばろう!




お疲れ様でした

今日は午前中、センターの会議。

始まる前に恒例の?お誕生日会とお疲れ様会♪

なんだかいいね~~~~。



今日はモニタリングが1件と説明が5件でした。

ラストスパートですね。


夜はラーメン食べながら、相棒と葬儀のふりかえり(?)

私の知らない場面をいろいろ教えてもらいました。


「お葬式は必要だなと思いました」と言ってくれたことが

何だかものすごくうれしかったです。




手続きいろいろ

今日は県主催の研修会の2回目。

会場準備と受付だけして、お休みさせていただきました。


年金事務所、証券会社、郵便局、信用金庫で、必要書類の確認をして、

役場で死後の手続きして、

市役所へ行って、私の必要書類をそろえて、

本籍地の役場へ行って(高速使って1時間)、必要書類がそろうはずだった…。

が、、、「出生から死亡まで」って、

母が結婚する前の戸籍にまで遡らなければあきませんやん。

はぁ~~~。やっぱり郵送申請しなきゃならないのね。


で、父親の実家近くまで来たので、

6年ぶりに行ってきました。

おじちゃんもおばちゃんも元気そうで安心しました。

長生きしてほしいです。


家に帰ると友人からお花が届いていました。


お母さん、sanjiさんを産んで下さって

ありがとうございます。

出会いに感謝、感謝!です。

おつかれさまでした。


お花1


母も私も幸せですね♪




昨日のこと

【12月24日】

午前中、母の仕事の会計さんが来られる日でした。

いつもの会計さんと親分の?税理士さんが来られて、

これから会社をどうしていくか方向性を考えるようにと言われました。

代表取締役が母で取締役が私(名前だけ)という小さな小さな会社。

昭和56年から父と母と祖母がやってきた会社です。

3人がこの会社とともに頑張ってきたおかげで、私の今があると言えます。


午後からは葬儀会社さんが来られて、精算と支払い。

父の時の担当者さんで、母のこともよく知っておられました。


終わってからおばちゃん(母の妹)を迎えに行って、

母を祭っているうちへ来てもらいました。

おばちゃんは「sanjiちゃん、こんなことしとってええの?」と言いながら、

母の前でしゃべる、しゃべる、しゃべる。

止まることなく4時間半…。

途中でさえぎって?晩ごはん。

クリスマスイブは王将で日本のラーメンセット。

がっつり食べました!

おばちゃんはカキフライ定食。これまたしゃべること1時間半。

普段少ししか食べないおばちゃんがしっかり食べていました。

「なんか、今日は気持ちがスッキリした」

「sanjiちゃんの笑顔が見られたから」


おばちゃんを送り届けたのはお迎えから6時間半後。


淋しいのは、悲しいのは、私だけじゃないんだよね。


でも、聞くのは疲れたな。

家に帰ったらぐったりで、

ブログを書く元気もなく、

お風呂に入って、ソファーに寝ころんだら、そのまま寝てしまった…。



~母からのクリスマスプレゼント~

実家のジュエリーケースから母が「初めてのお給料で買った」と言っていた

金の指輪を持ち帰ってきた。

左手の薬指にしか入らないけど。

アクセサリー好きだった母はおしゃれな指輪もたくさんたくさん持っているけど、

私はシンプルなこの指輪が好き♪



あんたも転びな

昨日、一昨日は大丈夫だったのに、夕方急に泣けてきた…。


12月13日の面会時のメモ。

「転ぶわな。あんたも転びな」


泣けてきたよ。


東京から帰って、時間外で面会した日。

ハーゲンダッツを半分食べた後、

座っているのがしんどそうな母に

「転ぶか?」と声をかけた後の返事だったと思う。


「あんたも転びな」

なんて優しいんだろう。私のことまで気遣ってくれていた母。

すごいよ。


泣けてきたよ。

さびしいよ。



今日は出勤で、モニタリングが2件と説明が1件。

仕上がっていないモニタリング報告書を仕上げたり、

あさっての会議資料を作ったり、

センターを出たのは20時半。


日常は続いているのだものね。



今年もクリスマス会

今日は恒例のW君親子とのクリスマス会。

お母さんは入院しているのでW君だけになりましたが、

一緒にDVDを観ることを楽しみにしてくれていました。

今年はW君とギョウセイマン女子と相棒と私。


自宅へ行くとお皿にいっぱいの炊いた野菜を見せてくれました。

「おいしそう~いつ食べる分?」

 -「明日や」


台所では大鍋がグツグツ。

「これは?」

 -「水炊き」

「いつ食べるん??」

 -「あさって」


今日はクリスマス会。

うん、そうやんね、

W君が明日とあさってのご飯を作っていてもフシギなことはない…。

今日のクリスマス会と明日、あさってのご飯は関係ないのだ。


今年はギョウセイマン女子がシチューを用意して下さっていて、

巻き寿司とサラダ、それから別のクリスマス会からの差し入れが少々。

そして今年のケーキはチーズケーキ。

食事制限を言われているW君のためにお母さんのチョイスです。

明日はお母さんのために自転車で病院に持って行ってくれるそうです。



お楽しみのDVD、W君のチョイスは「小さき勇者たち~ガメラ」

いや~~~真剣に観ました、観ました。

突っ込みどころ満載でしたが、おもしろかったです。

ちなみに「お母さんを亡くした少年」が主人公…。


20時半に解散。

今年も楽しかったね。


帰り道、自分がぐったり疲れていることに気が付きました。

飛ばし過ぎた一日。

ちょっと反省です。


でも、今夜もぐっすり眠れそうです。

ありがとう♪



荷物の整理と従兄からの電話

昨日は母の祭壇の隣にお布団を敷いて眠りました。

今日はお昼まで寝るつもりが、7時過ぎに目が覚めました。

でもきっと身体は疲れているだろうと思ったので、

何もせず、お布団の中でじっとしていました。


10時前から活動開始。

まずは洗濯。

あ、その前にお水とお茶を入れ替えて、お線香に火をつけました。

それから…

私の家に持ち帰っている母の荷物の整理(処分)を始めました。

葬儀の翌日からこんなことするか~~??と

自分に突っ込みを入れながら。

私の家に置いているのはケアハウスや病院から持ち帰ったものです。

だから整理はしやすいのです。


それでも1つ1つに思い出があるので、

2年間をいろいろ思い出しながらの作業です。

途中で、朝からお茶1杯しか飲んでいないことに気が付きました。

どうも私は食べることを忘れてしまうようです。


お昼ごはんはレトルトカレーと持ち帰ったお供えのリンゴ、プルーンジュース。


食べている途中、今回6年半ぶりに会った従兄から電話。

「昨日、バタバタしたから言えずに帰ったけど、気丈によう頑張ったな」

「それだけ言うとこうと思て…」


小さい頃こそ行き来はあったけど、

大きくなってからはほとんど(いや、まったくと言っていいかも)交流はなかったし、

昨日もおとといも、少し離れたところにいて、話らしい話も出来なかった。


「おばちゃんにはちっちゃい時からほんまに世話になったからな」

(そう言えば、仲人やったやん…)


おばちゃん(母の一番上の姉)が亡くなったときのことを話してくれて、

私のことを心配してくれました。


「困ったことがあったら連絡して。助けられるかどうかわからへんけど」

「いや、助けてよ!」

「わかった!全力でがんばるわ」


こんなやりとりが出来るなんて、ほんとにうれしい。


昨日、写真を持ってくれたのは彼。

収骨の時、親族代表で私の横にいてくれたのも彼。

そういうことなんだね。

みんなに支えてもらってうれしいです。

これは(父と)母のおかげだね。





最後のとき

【12月20日 14時31分】

主治医から母の最期を告げられました。


19日のお昼に面会に行ったとき、

看護師さんから廊下に呼ばれ、

「昨夜から一気に状態が低下しているので、

何かあったら携帯に連絡させていただきます」

と言われました。


20日の9時、病院から電話が入りました。

「意識がなくなり、呼吸の状態も良くないので、

来られるなら早く来られた方がよいと思います」


ちょうどおばちゃんの家の駐車場に着いたところでした。

「大丈夫」「大丈夫」と言いながら病院に向かいました。


母は意識なく、声をかけても反応はありません。

ただそばにいるしか出来ませんでした。


10:45 主治医が来られ、

「呼吸の状態が普通ではなく、今日いっぱいだと思います」と言われました。

看護師さんが「もう心配せんでええで」と母に声をかけられました。

おばちゃんも私も「sanjiは大丈夫やで」と言い続けました。


14:00 「静かなところに移りましょうか」「個室を用意しました」と言われ、

部屋を移動しました。

もうそのときが近づいているんだなと思いました。


部屋を変わって少しして

看護師さんが鼻の酸素をマスクに交換された直後に呼吸が止まりました。

看護師さんもおばちゃんも母の胸を叩いて

「息して!!」と何度も声をかけました。

母は2回大きく息をして、呼吸は止まりました。


看護師さんがモニターを持ってこられ、

数字を見ながら状態を説明してくれました。

数字が0になるのはすぐでした。


おばちゃんと一緒に最後の時を過ごすことが出来て、

ほんとうに良かったです。

一人だったら心細くて泣いているだけだったと思います。


主治医は週2日の非常勤。

母はちゃんと主治医の出勤日を選んだんですね。

そして私との時間をちゃんと作ってくれたんですね。


寝台車で病院を出るとき、病棟スタッフが玄関までお見送りをして下さいました。

主治医をはじめ、14人もの方が母を見送って下さいました。

ほんとうにありがたかったです。




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sanji

Author:sanji
こんにちは。sanjiです。
知的障害者福祉について考えたことあれこれを書いていきます。
よろしくお願いします。

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